この記事では、主婦休損の額を求める計算式「基礎収入×休業日数」のうち、“基礎収入”だけを取り上げ、具体的な事例を紹介しながらより詳しく解説していきます。
主婦休損の基礎収入について、より深く正しく理解しましょう!
専業主婦の休業損害(”主婦休損”)について基本的な知識をみにつけたいという方は、「専業主婦(主夫)の休業損害」で解説しましたので、こちらをご参照ください。
それでは、主婦休損の”基礎収入”に関する知識をつけ、不利益をゼロにできるようにしましょう!
専業主婦(主夫)の”基礎収入”の考え方
原則は賃金センサスの女性労働者全年齢平均賃金
主婦休損を計算するとき、専業主婦(主夫)の基礎収入は、女性労働者の全年齢平均賃金とするのが原則です。
この運用は、東京地裁・大阪地裁・名古屋地裁の「交通事故による逸失利益の算定方式についての共同提言」(三庁共同提言)に基づいており、実務上も定着しているといえます。
先ほど紹介した記事にも載せていますが、こちらでも賃金センサスの女性労働者全年齢平均賃金を表の形で載せておきます。
令和元年 | 388万0000円 |
平成30年 | 382万6300円 |
平成29年 | 377万8200円 |
平成28年 | 376万2300円 |
平成27年 | 372万7100円 |
平成26年 | 364万1200円 |
賃セの年齢別平均賃金を参考にする例外的なケースも!
ところが、なんにだって例外はつきものです!
基礎収入を女性労働者平均賃金とする原則にのっとらないケースがあることについては、東京地裁・大阪地裁・名古屋地裁の「交通事故による逸失利益の算定方式についての共同提言」(三庁共同提言)でも触れられています(判例タイムズ1014号、62頁~)。
以下、三庁共同提言を引用します。
“(専業主婦の基礎収入は)原則として全年齢平均賃金によるが、年齢、家族構成、身体状況及び家事労働の内容等に照らし、生涯を通じて全年齢平均賃金に相当する労働を行い得る蓋然性が認められない特段の事情が存在する場合には、年齢別平均賃金を参照して適宜減額する”
簡単にまとめると、
高齢であったり、他に家事をすることのできる家族が同居していたりするなど、専業主婦として提供できる家事の質・量が平均を下回るような事情がある場合には、女性労働者の平均賃金から減額しましょう!
ということですね。
専業主婦が提供できる家事の質・量が平均を下回るのであれば、女性労働者の全年齢平均賃金に見合うだけの経済的価値を生み出しているとはいえないこととなりますから、ご納得いただけると思います。
次項からは、専業主婦の基礎収入が減額されたケースをいくつか紹介したうえで、それぞれのケースを比較することで減額の理由がどのような点にあるのか考察してみます!
専業主婦の基礎収入が減額された事案
ケース①:65歳以上平均賃金の80%に減額された事案
事故の被害者が73歳の女性であり、記事を雑誌に寄稿するなどして稼働し、娘と家事を分担していたという事案。
裁判所は、賃金センサス女性学歴計65歳以上平均賃金の80%を基礎収入とするのが相当と判断しました。
ケース②:70歳以上平均賃金の40%に減額された事案
事故の被害者が81歳の女性で、休職中の主婦である被害者の長女夫婦と同居し、同夫婦のため家事を補助していたという事案。
裁判所は、賃金センサス女性学歴計70歳以上平均賃金の40%を基礎収入とするのが相当と判断しました。
ケース③:全年齢平均賃金の80%に減額された事案
事故の被害者が75歳の女性で、自身の子A、子Bとの3人暮らし。被害者と子Bは、自宅で仕事をすることの多い子Aの収入で生活しており、被害者は障害をもつ子Bの介護を担っている、という事案です。
裁判所は、賃金センサス女性労働者全年齢平均賃金の80%を基礎収入とするのが相当と判断しました。
ケース①②③からわかる減額の理由
ケース①とケース②の比較でわかる減額のポイント
ケース①とケース②を比較する前提として、賃金センサスの女性学歴計年齢別平均賃金を表で示しておきます。
学歴計 | 388万0000円 |
~19歳 | 234万4400円 |
20~24歳 | 306万4300円 |
25~29歳 | 367万5400円 |
30~34歳 | 387万1500円 |
35~39歳 | 398万7400円 |
40~44歳 | 419万4800円 |
45~49歳 | 427万1500円 |
50~54歳 | 430万3800円 |
55~59歳 | 412万4100円 |
60~64歳 | 335万3800円 |
65~69歳 | 299万8500円 |
70歳~ | 294万5600円 |
上の表からもわかるように、65歳以上の平均賃金は70歳以上の平均賃金よりも高額となっています。
これは、ご高齢の方は年齢を重ねれば重ねるほど筋力が衰えるなど、労働能力も低下するのが一般的と考えられることからも理解できますよね。
ケース①で65歳以上の平均賃金を参考とし、ケース②ではこれよりも平均賃金の低い70歳以上の平均賃金を参考としているのは、73歳の方と81歳の方が提供できる家事の質・量の差を基礎収入の金額に反映させるためと考えられそうです。
では、平均賃金からの減額の割合についてはどうでしょうか。
被害者が娘と家事を分担していたというケース①の減額率は20%、休職中の主婦である長女夫婦と同居し、同夫婦のため家事を補助していたというケース②では60%となっています。
ケース①では、娘と家事を分担していたというのですから、被害者自身も相当の家事をこなしていたのだと思われます。詳細は不明ですが、同居していた娘が朝から夕方まで働いており、その間の家事はすべて被害者が担っていたという事情があったのかもしれません。
一方のケース②では、被害者は休職中の主婦である長女夫婦と同居していたであり、ほとんど家事をする必要がなかったものと考えられます。このことは、家事を「補助」していたというワードからも窺えます。
このようにケース①とケース②の具体的な事情に目を向けてみると、被害者がどれくらい家事を担当していたかといえるかが、平均賃金からの減額割合に大きく影響しているように思われます。
ケース③と他のケースとの比較でわかる減額のポイント
ケース①とケース②を比較することで、どの年代の平均賃金を参考にするかについては被害者の年齢が、また、どの程度の割合で減額するかについては被害者の担っていた家事の量などが影響していることがわかりました。
では、被害者の年齢や家事の量といった情報から、形式的に平均賃金や減額割合を決定することができるのでしょうか?
答えは、ノーです。
ケース③をみてみましょう。
被害者の年齢は75歳です。ケース①が73歳、ケース②が81歳ですから、被害者の年齢から形式的に平均賃金を決めるというのであれば、65歳以上の平均賃金あるいは70歳以上の平均賃金を参考にすることとなりそうです。
ですが、実際には、年代別ではなく全年齢平均賃金が参考とされています。上に掲げた年齢別平均賃の表を見ればわかるように、ケース①、ケース②よりも高い平均賃金を参考にしていることとなります。
これは、ケース③の被害者が75歳と高齢である一方で、自身の子Aの家事をするにとどまらず、障害を子Bの介護をも担っていたことから、平均的な高齢者が担うであろう家事労働を上回り、若い世代をも含めた全年齢平均賃金に匹敵する働きをしていると評価されたためでしょう。
他方で、全年齢平均賃金をベースとしながらも、被害者が高齢者であることをふまえて減額率を20%としたのですね。
このように、基礎収入の金額を決定する際に、どの年代の平均賃金をベースにおくか、平均賃金からどれくらいの割合で減額するかといった点は、被害者の年齢や家事の負担割合などから形式的に導かれるものではありません。
確かに、これらの事情は基礎収入の決定に大きな影響をあたえる要素であることに間違いありませんが、被害者の個々の事情を個別具体的に検討して、適切な基礎収入額を認定しているのです。
まとめ
専業主婦の「基礎収入」に関する解説は以上となります。
知識としてストックしておいてもらいたいことは、
「原則として賃金センサスの女性労働者全年齢平均賃金をつかい、平均的な労働を提供しつづけることが難しくなる事情がある場合には年齢別平均賃金をベースに減額を検討する。」
ということだけです。
例外的な取り扱いについては、なんだかわかったようでわからないと思います。
そういうときのための弁護士です。まずは弁護士に相談してみるという姿勢もぜひ大切にしてください。