個人事業主や自営業者、開業医やホステスなどの自由業者など、給与所得以外の自身の経済的活動によって収益をあげている有職者のことを“事業所得者”といいます。
事業所得者が事故によるケガの影響で働けなくなると、売上げがストップしてしまい、これにともなって事業所得も伸び悩むという事態になるでしょう。
そうすると、事業所得者が事故のため休業した場合にも、もちろん休業損害が発生したといえそうですね。
ですが、“事業所得者の休業損害”には、実はいろいろと難しい問題が潜んでいます!
休業損害は一般に、「1日あたりの基礎収入×休業日数」という計算式をつかって算定されます。
会社員などの給与所得者であれば、1日あたりの基礎収入も休業日数も会社が作成してくれる“休業損害証明書”で簡単に把握することができます。
ところが、事業所得者となるとそうもいきません。
この記事では、事業所得者の“1日あたりの基礎収入”や“休業日数”はどのように把握されるのかといったことについて解説していきます。
事業所得者の休業損害に関する知識をつけて、不利益をゼロにできるようにしましょう!
休業損害=「1日あたりの基礎収入×休業日数」
休業損害とは、事故にあうことなく普段どおりに働いていれば得られていたであろう収入と実際に得た収入との差額のことを指します(差額説)。
そうすると、休業損害の金額を計算するためには、“事故にあわずいつもどおりに働いていれば得られていたであろう収入”を把握しなければならないこにとなります。
では、この“得られていたはずの収入”はどのように把握すればよいのでしょうか?
いうまでもないことかもしれませんが、休業期間中は実際に稼働していないのですから、働いていれば得られていたであろう収入を正確に把握することはできません。
そこで、過去の収入状況などを参考に、事故にあわずに働いていれば得られたはずの所得を予測するという手法をとることになります。
次の項からは、過去の収入状況を把握する具体的な方法について説明していきます。
事業所得者の基礎収入
ここでは、事業所得者の基礎収入を把握するための基本的なルールを説明します。
基本となるルールをおさえたあと、ご自身で事業所得者の基礎収入を計算できるか試してみてください。
”確定申告書”等で所得を把握する!
事業所得者の所得は、所得税の確定申告書とこれに付属する書類(白色申告であれば収支内訳書、青色申告であれば所得税青色申告決算書)に基づいて把握するのが一般的です。
そこで、過去の収入状況を把握するために、事故前年の確定申告書等を参照することとなります。
確定申告書等のどこをみると1日あたりの基礎収入を把握できるのか、実際の確定申告書(青色)を例に検討してみましょう。
この確定申告書から、どのようにして1日あたりの基礎収入を算定するのかわかりますか?
まず、「収入金額等」に分類されている「(事業)営業等㋐」欄の金額を使ってはいけない点に注意しましょう。
この金額は、事業を行ったことによる売上げ(収入)であり、我々が把握するべき“所得”は売上げから原価や経費を差し引いたものとなります。
それでは、「所得金額」に分類されている「(事業)営業等①」欄の金額が、この事業所得者の所得ということになるのでしょうか。
答えは、ノーです。
青色確定申告書のこの欄には、実際の所得から“青色申告特別控除額”が差し引かれた金額が記載されています。
青色申告特別控除額とは、事業所得者等が取引を複式簿記により記帳し、これに基づいて作成した貸借対照表(BS)や損益計算書(PL)を確定申告書に添付して提出することなどによって得られる特典の一つで、課税対象となる所得金額から一定額が控除されることになります。
より詳しく知りたい方はこちら(国税庁HP)へどうぞ。
そこで、青色確定申告書から読み取れる事業所得者の所得は、事業所得に青色申告特別控除額を加えた金額ということになります。
青色申告特別控除額の金額は、青色確定申告書の「その他」-「青色申告特別控除額51」欄に記載されています。
所得に”固定経費”をプラスするケース
ここでの説明で、1日あたりの基礎収入は、事業所得(青色申告特別控除額を含む。)を365日で割って算出することをご理解していただけたと思います。
ここでは、1日あたりの基礎収入を算出するにあたり、事業所得に“固定経費”を加えた金額を加えるケースについて解説します。
固定経費とは、簡単にいうと、個人事業の営業をしてもしなくてもかかる経費のことです。
たとえば、テナントを借りて雑貨屋を営んでいるという場合、たとえ営業せずにいてもテナント料は発生しつづけますよね?このテナント料は固定経費にあたります。
このような固定経費については、実務上、事業を継続するのに必要かつ相当な範囲で基礎収入に含めるという考え方が一般的です。
先ほどのテナント料を例にすると、休業せずにテナントを利用して営業している場合、これに相応するテナント料も無駄にならずに済んだといえるのに対し、休業してテナントを利用してない場合には、テナント料は無益な経費といわざるをえないこととなります。
このような無用な経費は、事故により休業したことで発生したものですから、休業損害に含めるという考え方にも納得してもらえるのではないでしょうか。
では、固定経費の金額はどのようにして把握すればよいのでしょうか?
先ほどの青色確定申告書をもう一度みてください。
お分かりのとおり、確定申告書には、固定経費に関する記載がありません。確定申告書には、“売上げ(収入)”や“所得”は記載されていますが、経費については記載されていないのです。
そこで、確定申告書に付属する“青色申告決算書”をご覧ください。
原価や事業を営むのにかかった経費などが細かく記載されていることが確認できると思います。
経費に分類される科目のうちどれが“固定経費”に該当する経費といえるのかしばしば問題となりますが、まずは「地代家賃」、「租税公課」、「損害保険料」、「減価償却費」をおさえておけば十分でしょう。
事業所得者の”寄与分”を考える
最後に、事業所得者の“寄与分”というお話をします。
皆さんにとっては聞きなれない言葉だと思いますが、寄与分とは、個人企業の利益のうち事業所得者の貢献度合いに応じた利益ということになります。
事業所得者のなかには、完全に自分ひとりで働いている方もいらっしゃいますが、家族や従業員の協力を得て営業活動をしている方もおられます。
前者の場合には、個人企業利益のすべてが事業所得者自身の営業活動によるものといえますから、その貢献度合いは100%となります。
他方で、従業員などの協力を得ているという場合、個人企業利益は事業所得者ひとりによる営業活動の成果とはいえないはずです。
このとき、事業所得者が事故の影響で休業したことによって発生した損害を部分的に把握するために、事業所得者の寄与分を把握する必要があるのです。
少し難しそうな話をしましたが、青色確定申告の場合には、家族等の協力者に支払われた給与全額が必要経費として売上げから控除されることとなるため、事業所得額(青色申告特別控除額を加えた額)をそのまま基礎収入を算出する際の基準額とすれば問題ありません。
寄与分が問題となるのは白色確定申告の場合ですが、解説が煩雑となってしまいますので、ここでは割愛させていただきます。
事業所得者の基礎収入を計算する!
ここまでの内容をふまえ、実際に基礎収入を計算してみましょう!
以下に掲載する青色申告決算書を参考に、この事業所得者の1日あたりの基礎収入額を計算してみてください!
ただし、経費のうち「地代家賃」「租税公課」「損害保険料」「減価償却費」については事業を継続するために必要なものとします。
”申告外所得”と”赤字経営”の場合の処理
ここまで、事業所得者の基礎収入は、確定申告書とその付属書面で把握するという解説をしてきました。
ですが、確定申告書に記載された所得金額が実際の所得を表しているとは限りません。
確定申告書の所得金額にもとづいて所得税が算出されることから、節税目的で経費を増やすなどして、所得金額を低くする記載する場合も散見されます。
このようなケースでは、実際の所得が確定申告書上の金額を上回るということになるため、確定申告をした所得の他にも所得があることを主張していくこととなります。
これを“申告外所得”といい、そもそもこのような主張がみとめられるべきか、認められるとして、どのように基礎収入を算出するかについては別途検討する必要があります。
ここでは問題提起にとどめ、具体的な検討は別の記事にゆずることにします。
また、事業所得者の基礎収入については、赤字経営をしている場合についてもよく問題となります。
確定申告書上の所得金額に基づいて基礎収入を算出するという原則にしたがうと、所得ゼロ(赤字)ひいては基礎収入がゼロということになり、休業による損害はまったく発生しないという結論になってしまいます。
事故の被害にあって休業をしたにもかかわらず、休業損害がまったく認められないという結論でよいのでしょうか?
この問題についても、申告外所得と併せて別の記事で解説したいと思います。
事業所得者の休業日数
事業所得者の休業とは?
最初にご説明したとおり、事業所得者とは、個人事業主や自営業者、自由業者といった給与所得以外の自身の経済的活動によって収益をあげている有職者のことを指します。
誰かに雇われて、午前何時から午後何時までは会社のために働いてくださいといわれることも、毎週月曜日から金曜日までは出勤してくださいといわれることもありません。
ですから、(業態にはよりますが)事業所得者ご自身で働く日、時間を自由に決めることができます。
このように、事業所得者には所定労働時間といった概念がないため、何をもって“休業”というのかが問題となるのです。
実務上は、治療のために通院した日を休業日として処理する場合が多いように思います。
まとめ
ここまで解説してきた内容を簡単にまとめます!